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⚒ それは身長六 尺 ( しゃく )を超えるかと思われる 巨人 ( おおおとこ )であった。 その赤黄色く光る 硝子球 ( ガラスだま )の横腹に、大きな 蠅 ( はえ )が一匹とまっていて、死んだように 凝然 ( じっ )としている。

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『ドグラ・マグラ』に関する考察:大きなテーマは、自我の確立。 私が看護婦に自分の名前を訊ねてから今までの間はまだ、どんなに長くとも一時間と経っていない、その僅かな間に病気を押して、これだけの身支度をして、私が自分の名前を思い出したかどうかを問い訊すべく駈け付けて来る……その薄気味のわるいスバシコサと不可解な熱心さ……。
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🙏 私は彼女が私の妻なのかどうか全然知らない人間ではないか。 グッスリと睡ったせいであったろう。

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警察署長:• 呉一郎が病室で目を覚ました後、まず出会うことになるのがこの若林博士なんですが、彼の話によると、精神病科の正木博士は、ちょうど1カ月前の 10月20日に自殺したといいます。
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💕 ……というような、あらゆるタマラナイ恥かしさが、 叮嚀 ( ていねい )過ぎるくらい叮嚀な若林博士の説明によって、初めて、ハッキリと意識されて来たのであった。 「一種の脳髄の地獄……もしくは心理的な迷宮遊び」 (『ドグラ・マグラ』より引用) これは、若林教授が私に「ドグラ・マグラ」という言葉の意味を説明した言葉。

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白い、新しいゴワゴワした木綿の着物が二枚重ねて着せてあって、短かいガーゼの帯が一本、胸高に結んである。 若林によればそれは恐ろしい事件のショックのためで、記憶は自分の力で呼び戻さなければならなかった。
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😄 正木 敬之(まさき けいし) 九州帝国大学精神病科教授。

僧侶、新聞記者などを経て、作家に。
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☣ 製作の過程や思案の様子が『夢野久作の日記』(葦書房、1976年)に記されている。 ただ上記サイトにアップされているのは違法アップロードされた動画がほとんどなので、 利用は自己責任でお願いします。

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若林博士は、そうした私の態度を見下しつつ、二度ばかりゴクリゴクリと音を立てて、 唾液 ( つば )を呑み込んだようであった。 私も読んだことがありますが、精神に異常をきたしたりしておりません。
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❤ ゆっくりと下駄を引きずる音。 「」の雰囲気を伝えることに成功しているばかりか、の癖に本当のことを堂々と書いてます。 ソロソロと寝台の上から 辷 ( すべ )り降りた。

同時に堪え難い空腹に襲われかけている事に気が付いたので、傍に落ちていた帯を締め直すや否や、右手を伸ばして、生温かい牛乳の瓶を握りつつ、左手でバタを 塗 ( な )すくった焼 麺麭 ( パン )を掴んでガツガツと喰いはじめた。 ……そうだ。